『英語は逆から学べ!』に対して抱いた抵抗感

語学学習
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こんにちは、noraです。

現在『英語は逆から学べ!』をベースにロシア語学習をしています。

この本は私が英語の勉強法を模索しているときに出会い参考にしてきましたが、抵抗感や理解不足から、英語では素直に実践できなかったという経緯があります。

当時、いったいどういうことに抵抗感を抱いていたかを振り返りたいと思います。

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英語は逆から学べ!に対する実践上の抵抗感

何に抵抗を抱いたのか

英語は逆から学べ!に書かれていることのどんなことに抵抗感を持っていたかというと、今読みなおして感じるのは「ほぼすべて」です。汗

というのも、小・中・高とやってきた学校や既存の学習法を完全否定するものだからです。

私が実践できたのは「海外ドラマで学ぶ」ということだけ。

それでも本に書かれている内容からすると禁じ手(辞書を使う、スクリプトを入手して暗記しようとするなど)ばかりしていました。

具体的には

  • 対訳を学ぶな(辞書は使うな)◎意味は状況にしかない
  • 文法を学ぶな◎完全な文法は存在しない
  • 生得的な文法センス(脳科学の方法論を信じる)

の3つ。

具体的にどうだったかはそれぞれ書きたいのですが、これだけ見ても「じゃあどうやって意味を理解すれば…」といった感じです。

どうして抵抗を抱いたのか?(テストで点を取れる勉強法じゃない不安)

私たちが知識として伝えられてきているものは、自然現象のごく限られた一部分だと思います。

言語現象も当然自然の一部ですから、本来はわかっていないこと、説明できないことの方が多いはずです。

なので、冷静に考えたら『現在使えるツールを駆使しながらできるだけ自然に近い方法をとる』というのはかなり合理的なことだと思います。

にもかかわらず抵抗を抱いたのは何だったんでしょうか。

「今までのやり方と違うから」

「ネイティブのように言語を学ぶなんてできないと思い込んでいたから」


色々あると思いますが、いずれにせよ『語学を習得出来たらどうなっていたいかという理想像がはっきりしなかったから』かなと思っています。

はじめるきっかけ自体が人それぞれ違うと思うので、理想のゴールが描けている人ばかりではないと思います。

私も、英語は大事だよと言われて強制的に勉強させられた印象が強かったので、英語が話せるようになってどうしたいというようなイメージがありませんでした。

よって「英語ができるようになりたい」とは言いながら相変わらず『学校で学ぶの教科の一つ』でしかなく『テストで点を取れる勉強法』を引きずってしまったのだと思います。


今になって思えば、そもそも「英語ができるようになる」、「言語を学習する」ということがどういうことなのか自体ピンときていなかったです。

言語を学習するということは母国語を学習した体験そのもの、ですよね。

もし、理想のイメージが「母国語である日本語と同レベルで使える」だったとしたら、このやり方の合理性をもう少し早く理解できていたかもしれないなあ…と思います。

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