こんにちは、noraです。
こんにちは、noraです。
現在『英語は逆から学べ!』という書籍にある外国語学習法を英語とロシア語で実践しています。
この実践記事では主にロシア語での実践で気づいたことなどを記録していますが、英語を始め他の言語を学習する際にも共通のものなので、どの言語にも応用できる内容だと思います。
何か少しでも参考になれば幸いです。
今日は始めてから5週間(35日目)、第5週の反省点と気づきを記録します。
英語は逆から学べ!実践第5週の反省、気づきと疑問
第5週はこんな感じでした
今週は、やっぱりちゃんと映像を見なくてはいけないということと、リラックスの重要性とを強く確信した週になりました。
先週マンネリを感じだしたことから、同じシーズンを繰り返し見るという方法から全シーズン通して最後まで見るという方法に切り替え、現在кухня(キッチン)シーズン3の終盤に差し掛かろうとしていています。
結果マンネリはだいぶ解消されました!
話の内容はわからないことも多く「なんでこうなってるの?」ということもしばしばなのですが、見ること自体にしんどさを感じなくなったので、やはり全シーズン通して見るというのが正解かもしれません。
そして、できるだけシーズンの多いドラマを選ぶのがいいのかもと改めて感じました。
シーズン5以上あるのがマンネリが来にくくていいかもしれませんね。
第5週の反省点と気づき
今週の気づき
今週は基本的には前週と変わりなくでしたが、以下のような重要な気づきはありました。
- 聞き取れる単語が増える時はいくつか一気に増える
- ずっと音だけ映像なしの危険性
- リラックスの重要性
聞き取れる単語が増える時はいくつかが並行して増える
これがすごく不思議なのですが、何かひとつよく聞こえてくる音や単語をつかまえると、それとほぼ同時ぐらいに2,3個別の新しい音や単語が耳に入るようになってきます。
意味まではつかめなくても「あ、またこの音だ!」というように、拾える単語はいくつかが並行して増えるようです。
同時に、これまでフォーカスしていた単語は状況になじむというか、気にならなくなっていることにも気づきました。
ずっと音だけ映像なしの危険性
今までは「忙しい時はとにかくBGMとして聞いておけばいい」と思っていて、映像を見ないことの危険性だなんてそんなことは考えても見ませんでした。
実際だんだんと登場人物の声や関係性もつかめるようになってきているので、見てなくても音だけで何となくシーンは浮かぶようにはなってきました…が。
ふと、映像がない状態で音を追っているとき、無意識に音をカタカナに(日本語の音として)変換しようとしている自分に気づいてしまいました…!!
これは日本語回路が活性化していることになるのでは…!?
どれくらいダメなことなのか、危険というほどのことなのかは分かりませんが、ロシア語をはじめてすぐに感じたこととして「カタカナの音にし難い」というのがありました。カタカナの音に収まり切らない感覚というか…
そう感じていたにもかかわらず無意識に日本語の音に変換しまうということは、やっぱり視覚も映像に支配されたうえで見ないと、元々ある別の言語回路が発火してしまうのかもしれません。
ある言語を別の言語の範疇で解釈するというのはその言語が本来持つ色々な情報を削ってしまっているかもしれないというのを音の認識の仕方から感じた気がします。
リラックスの重要性と臨場感のこと
これは上のことと被るのですが、きちんとリラックスして映像を見るという意識状態を作ってからでないと、自分のリアルの生活(日本語での生活)への臨場感が勝ってしまっていることに気づきました。
”日本語の環境の中でドラマを見ている自分”というのを意識から消し切れないとでもいいましょうか…。
こちらも日本語回路を抑えきれておらず、音と状況をそのまま受け取ることに支障が出ててしまっているかも…。
臨場感を感じるというのは単純に映像で何となくストーリーがわかって楽しめているというのとはまた別の問題なのかもしれないと感じています。
ほとんど没入状態に近い意識状態を作り上げる必要があるかもしれません。
第6週に向けて
なかなか実践は難しいなあと思いつつ、毎週新たな気づきがあるのはうれしいです。
没入状態を作ることですが、リラックス方法を見直しつつ、すぐにその意識に入れるような何か儀式的なものが必要かなあと感じています(こう書くと怪しいですね(;’∀’))
そうしないと意識の切り替えで時間をロスするのはもったいないですから…
引き続き音に意識する、次を予測するを徹底しながら、改めて学習に入る前の意識状態作りに力を入れてみたいと思います。
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